自分たちの”当たり前”という常識を常に疑え

先日、とある生徒の自習している姿を見ていた。

 

夏休みに入ってきて、入塾後初めてのテストであまり結果が振るわなかった生徒。

 

授業態度は比較的真面目。自分から積極的に発言をするわけでは無いが、こちらの質問に対して答えてくれる。

 

それに自主学習での姿も勤勉だった。

 

だからこそ、成績が上がらない事、予想よりも低い点数で驚きだったので様子を見ていた。

 

観察をして、成績が上がらない理由が分かった。

 

その生徒は、問題を解いて丸付けをする時に間違っている問題にも〇をつけていたのだ。

 

それは成績が上がらなくて当たり前だ。

 

その生徒には丸付けが終わって一息ついたところを見計らって、声をかけた。

 

もう一度見直しをしてみて、丸付けが本当に合っているのか一緒に確認をする。

 

 

 

「丸付けは答えが合っていれば〇をつけ、間違っていたら×を付ける」という常識。

 

この当たり前と思っている常識が、今回の生徒に対する対応が誤ったものとなり成績が上がらなかった大きな要因だ。

 

僕達の出来る当たり前は、比較的勉強が出来る人間の当たり前。

 

しかし、その当たり前は勉強が出来ない人の当たり前と必ず合致するわけではない。

 

だから、このズレを常に見なければいけない。

 

また1つ勉強になった。

 

 

 

 

 

 

と利口な書き方をしているが、恐ろしい生徒だと思った。

 

何も考えずに勉強しているじゃないか!!

 

とめちゃくちゃ思ったし、そこから言わなければいけないのか・・・?

 

とも思った。

 

『間違えたものは正しい形に直す』っていうのは勉強だけに限った話では無い。

 

言葉遣いを間違えたら、謝罪をして正しい言い方に直す。

 

自転車の使い方を間違えてけがをしたら、正しい使い方を確認しなおす。

 

生活をしていて正しい形に直すのは当たり前の事。

 

その当たり前は勉強の時でも全く同じ。

 

全部、基本は同じなの。